全てをみせない

全てを見せないことが人の興味を惹く鉄則かもしれない。ディズニーランドや高級宿に赴くと、” すぐには全体像が見えず、もっと奥を覗きたい、また訪れたい、と思わせるような工夫” が随所に見られる。今日はそういった話とは少し毛色が違うのだが、興味がくすぐられる不思議な体験をした。
1時20分ごろだろうか。
お腹が鳴り始めたが、山道を走っていてお店は一見も見つからない
“山をおりるまで我慢しよう”
そう自分に語りかけ
“面舵いっぱーい!”
から元気をだして半径30mほどのきついカーブを曲がると、遠くに白漆喰の塀に囲まれた立派な日本家屋が目に入った。
近づくと、門には”営業中”の文字が。
車の通りが少ない峠道で一際目を引く佇まいに引きこまれるように門を潜った
10歩ほど先に瓦屋根の母屋、右手に倉が目に入る
“周りには建物ひとつない中にどうしてこんな家屋があるのだろう?
買い物はどうしてるのかな?
いつ建てられたのだろう?
以前は周りにもっとお家があったのかな?”
そうこう頭を巡らせながら年季の入った戸がはずれないように出来るだけ真横に動かするよにひいた。
戸が軋む音が耳に響く。
暗い。本当に営業しているのだろうか。
土間特有の土の匂いが鼻をついた。
“すいません”こえを出すも、吹き抜けの漆喰壁と土が音を飲み込む
あきらめて店を出ようとした時に、奥から猫背で割烹着をきた男性が現れた。60歳はゆうに過ぎていそうだ。
不気味だな、、、
“どうしましたか?”
“すいません、、こちらでご飯はいただけますか?”
“…はい。いま灯りをつけるのでお待ちください”
左手のお座敷に案内された。
四人がけの角テーブルが4宅ある。
先程の男性がサッサと音を刻みながらあらわれた。どうやら一人で回しているようだ。
最初に目に入った鴨蕎麦を注文した。
30分が経過
ワンオペなら仕方ないか、、、
消費期限切れの食材だけはやめてほしいな、あのおじさんに家族はいるのかな?、食べていけてるのかな、、、と悲観的な思考に遊んでいると左奥からザッザッという音が聞こえてきた。座敷の壁に挟まれて目視は出来なかったが、したをむきながら歩いていることが足音からわかった。お盆を慎重に運んでいるのだろう。
“はい鴨蕎麦ね”
漆塗りのお盆に、漆塗りの器だった。
“ありがとうございます”
今ならなんでも美味しいだろう。
そう自分に言い聞かせながら一口すすった、、
思わず声を出して驚いた。
お世辞ぬきに今まで食べたお蕎麦の中で間違いなく3 本の指にはいる美味しさだったからだ。高級焼肉をたべた時のように、スープを口に注いだ瞬間に唾液が溢れ出してきた。
あっという間に食べ終わり
御会計をお願いした。
“ものすごくおいしかったです!”
“はい、、どうも”
終始目は合わせてくれなかった
お昼時だったが滞在していた1時間ほどで人の気配は一切しなかったし、入店した時も人がいた形跡はなかった。
感動と、驚きと、少しの恐怖が入り混じった実に不思議なおもいだった。
あの店主はどんな人生を送ってきたのだろう。この家と、あのおじさんにはひょっとすると想像を超える物語が隠れているのかもしれないな。また来てみたいな。
そんなおもいがまったなしに湧いてきた。
石畳を歩いて入り口の暖簾に肘を通した。
すると右手にシルバーの綺麗に磨かれた高級車の顔が覗いていた。きた時には死角で目に入らなかったようだ。
この店にはあの店主しかいないはず、、、ということはそういうことなのだろう。
気になる事があとを経たなかったが、このお店は記憶には長く残りそうだ。
不思議な思いが残りながらアクセルをふかした。”生活の心配はしなくてよさそうだな!笑” そんな独り言をつぶやきながら、運転席の窓をおもいっきりあけた。田舎の心地よい空気が右の頬をなでた。
野田隆一郎