に最近ハマっています。彼らの代表曲、「高嶺の花子さん」という歌の一節に「夏の魔法とやらの力で」というの部分があり、こないだ先輩と魔法が使えたらという話をしたのを思い出しました。 多くの人は夢のあることを願うのでしょうが、僕はなによりドイツ語の単位が来る魔法が欲しいです。飛び出してきてく〜れな〜いか〜♪ がい
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ぐぅかわいい
昨日彼女ができました。ぐぅかわいいです。ぐぅかわいいって言葉そもそもみなさん聞いたことありますか?高校生の時は、かわいいの最上級にあたる言葉として使われてました。三学部合同授業で一緒だった看護の子で、バレーボールやってるみたいです。なんなら身長僕より若干高い気がするんですけど、ちょっと怖いのでその辺はまだ明らかにしてません。本田真凜ちゃんに似てます。ぐぅかわいいです。
グループワークとかで、司会と書記と発表者決めなきゃいけない時ってありますよね、ぼくの21年間の統計によると、そういう時に書記に立候補する女の子は間違いなくいい子です。誰も立候補しなくて気まずい沈黙をしっかり破る気配りとコミュ力がありつつも、発表とかはしたくないから、「書記でよければやります!」ってやつです。彼女もそんな感じで書記やってました、ぐぅかわいいです。
友達と遊ぶのが楽しすぎてすごい積極的に彼女作ろうって気にならない大学生活でしたが、突然できて自分でも驚いてます。付き合ってく中でそのうち僕からも大人の色気が出てきて、最終的には斎藤工みたいなどエロい仕上がりになってしまうんじゃないかと心配です。目尻とか唇の右下とかに大きめのホクロできるかもしれないし、物憂げな二重まぶたになるかもしれません。だんだんとセクシーになっていくおさかなにご期待ください!
何も思い付きません
たにっきが回ってくるから何を書くか考えなくては!と思い立ってから三日三晩経ちましたが、何も思い付きません。というのも、私は無欲人間になってしまったからです。何かを書きたい欲も、どこかへ行きたい欲も、これがめちゃくちゃ欲しいなどという欲はもう既になくなりました。(食欲はあります。寧ろいつもよりあります。)これには原因が考えられ、それは最近私が超健康人間生活を送っているということです。因みに超健康人間生活とは、早寝早起きは勿論のこと、程よい運動をし、バランスの良い食生活を送り、人とも適度にコミュニケーションを取る生活を指します。今回のことで、人はあまりにもお手本のような生活を送ると人間らしい心をなくしてしまうということがわかったので、徐々に不健康さも生活に取り戻していこうと思っています。それでも尚欲が戻らないようであれば、原因は別であると考えられ、自分を探すためにどこかへ旅に出ようと思います。 私を探さないでください。
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永遠と呼ぶ事ができたなら
という有名なフレーズの登場する曲がありますが、その曲のタイトルは歌詞の通りなら”FOREVER”な気がするけど”HOWEVER”ですよね。いかにも壮大な愛を歌っている曲なのに、タイトルが「しかしながら」というのはずっと変だなと思っていたので調べてみたんですが、作詞のTAKUROさんは、「歌い上げた世界の中が幸せに見えても、そのまま人生が完結するわけじゃなくて、歌詞の中に表れないその後にどうするかというところも含まれてくる」から、歌詞を書きあげた上で最後に”HOWEVER”というタイトルが浮かんできたというようなことを綴っていました。
なるほどな、と思いながら自分の人生を振り返ってみると、確かに今の自分の姿も、子どもの時、中高の時、何なら大学入学時ですら完全には想像できないものでした。
でも、その時その時で、本来思い描いていたものとはかけ離れる選択を、セオリーから外れてしまうような選択をしたとしても、自分が生きる人生は一つしかないから、自ずとそれが唯一の答えになってくるわけで、その答えを自分で正解にしていくことが何よりも大切なんだなということにも気づかされます。
逆にいま、未来のことを思い描いて、計画的に生きても、スカしてても、結局どうなるかはその時に差し掛からないとわからないから。
だから結局、いましかできないこと、いま心から楽しめること、いまの自分が正しいと思うことそれを積み重ねることで、それが全体の流れの中で見たら逆説的な選択だったとしても、そういうHOWEVERを重ねながら、自分の中では永遠に続いていく人生が彩られていくんだろうなと、最近は思うようになりました。
こんな感じで人生を振り返ったりするようになった時点で歳を取ってきてるなと悲しい気持ちになります。しかしながらこれは別に眠れない深夜にブラックコーヒーを飲みながら自分に酔ってこんなことを書いてるわけではなくて、たにっき完全に忘れてて爆酔いのまま書いている田村がお届けしました。きもちわるい、、、
目が合う
皆さん、この人とはよく目が合うなと思ったことはありませんか?きっと私も含めて皆さんが経験したことがあるでしょう。 では、今回は目が合うことのメリットについてお話ししていきたいと思います。 イタリアのウルビーノ大学の研究によると異性が1m離れた距離で10分間見つめ合うと「アルタード・ステイツ」に近い状態を引き起こすことが判明しています。アルタード・ステイツは『解離(Dissociation)』と呼ばれる心理状態を示す特徴があり、自意識と現実との結びつきが薄れることによって生じる現象のことです。この現象は強度の多幸感を伴い「自我の喪失感」や「強い幸福感」「宇宙との一体感」が得られるといわれています。これは基本的に薬物や瞑想でしか起こり得ないものです。 このようなメリットがあると聞いたら実際に目を合わせるしかないですよね。 積極的に目を合わせていきましょう。AP
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言葉遣い
大学に入ってから言葉遣いで色々考えさせられることが増えました。先生、先輩はもちろんですが、色々な予約や申し込みとか自分でやらなければいけない事が沢山出てきました。今までは先生への連絡でさえも、「オッケーです」とか絵文字とか使っちゃってました。何度も指摘されてきて、日々直しております、、、(「承知しました」は最近ようやく覚えることができました) メールでのやりとりは考える時間があるのでまだマシなのですが、1番の問題は会話です。考えすぎて言葉がすぐに出てこないこともあるんです。出てきても「ていうか」とか「ヤバい」、「超」とか言ってしまったり。言った後に後悔する毎日です。親とか、大人を見てると電話対応の上手いこと、上手いこと。スムーズに綺麗な言葉でやりとりしていて、尊敬しちゃいます。 例えば、電話でのやりとりは、挨拶、自分の名前、要件を伝えなければいけません。電話の時僕の頭の中はぐるぐるフル回転です。「〜と申します」、「〜と申すものです」、「〜といいます」、「〜なのですけど」、これは堅苦しいかな、これは失礼かな、、色々考えちゃいます… こんなめんどくさい思考なので、お店の予約は電話より圧倒的にネット派です。 たいら
沼
と聞いて最初に何を思い浮かべますか?きっとゴルフ部の皆さんは、スコアボードを埋め尽くす、あのあまり喜ばしくない色たちを思い出すのではないでしょうか。 ただ、沼が日常生活で使われる場面って他にもありますよね?それは”沼る”、すなわち何かにズブズブとはまっていく時です。今まさに私は、とある韓国ガールズグループのオーディション番組、通称ガルプラ、に”沼”っています。周りの友達が見ていて、なんとなく暇つぶしに見始めたのですが見事に沼でした。抜け出せないのです。例えるならとてもアゴが高いバンカーですね。(ちょっと上手いこと言えて満足なゆかこです。) でも頑張ってる同世代の女の子達見ると本当に感動するし、見た目もスキルもレベル高すぎて全員デビューしたらいいのになぁ、と思います。今となっては投票にも手を出してしまいました。オーディション番組見続けてるプロみたいな子に、投票に手出したら終わりだからね?沼だからね?とあれだけ教訓を教わったというのに!!私、気づいたらポチってたんです。あれ、今投票した、、?みたいな、それはもう自然な流れでした。知る人ぞ知るあのロック画面のレモン少年もついに選手交代しました。彼も寂しがっていることでしょう。多分応援してる子が脱落したらめちゃ萎えるので、部活で沈んでいそうだったら察してあげてください。ちなみにABEMAで無料で見れるので、少しでも興味があれば一緒に沼ゴルファーしましょう、大歓迎です!笑 現実のゴルフでは沼りたくないゆかこでした。
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一言
余計だったり、欲しいときに一言出てこなかったり。
この前久しぶりに人に叱りましたが、言いたいこと言った後にその流れで「〜さんだったら…」というたまに口にするフレーズが出てしまいました。その瞬間「いやお前それ関係ねえやん!」って自分で自分に突っ込んでしまい、叱りたい気持ちが一気に冷めました。こんな余計な一言が出る口なのに、適当な相槌の一言ならポンポン出るのに、話初めの一言はなかなか切り出せないことが多いです。もうちょっと若い頃にマッチングアプリ修行が必要でしたかね笑
そんなえだは最近マンガワンで風の大地を読み直してます。ワクチン打ってもあまり生活を変えられていない僕の、毎日の楽しみがそこのコメント欄を読むことです。大喜利が繰り広げられており、コメントを読んだ人を一言で笑わせてきます。(ただ読むより時間は取られますがコメントを少し読むのがオススメです。)いつかそんな風に誰かを笑わせられるような一言がパッと出せるような人になりたいもんです。
オススメと言えば、最近ポケモンのチャンピオン戦などのBGMを聴いてますが、鳥肌立つぐらい懐かしさで感動します。ぜひYouTubeで調べてみてください。 えだ
頑張ろうと思ったら
夏休み半ばに春学期の成績が発表されました。 もちろん1点台でした。唯一頑張ったのにDを取ってしまった数学II以外は全てCだったので、最低限の努力で最低限を取ることは出来たと思います!けどやっぱり秋からは学校の勉強も徐々に頑張って行こうかなと思っていました。 ある時、同期の友達と勉強の話になりました。その子も「春学期は不真面目だったから秋からは学校の勉強を頑張る」と言っていました。どのくらい不真面目だったのか聞いたら、あるオンライン授業中に宅急便の荷物を出る為に席を立った事があるとの事でした。 はい…やっぱり慶医は凄いなって改めて思いました。 秋からはせめてノートは取ろうと思います… いずみ
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全てをみせない
全てを見せないことが人の興味を惹く鉄則かもしれない。ディズニーランドや高級宿に赴くと、” すぐには全体像が見えず、もっと奥を覗きたい、また訪れたい、と思わせるような工夫” が随所に見られる。今日はそういった話とは少し毛色が違うのだが、興味がくすぐられる不思議な体験をした。
1時20分ごろだろうか。
お腹が鳴り始めたが、山道を走っていてお店は一見も見つからない
“山をおりるまで我慢しよう”
そう自分に語りかけ
“面舵いっぱーい!”
から元気をだして半径30mほどのきついカーブを曲がると、遠くに白漆喰の塀に囲まれた立派な日本家屋が目に入った。
近づくと、門には”営業中”の文字が。
車の通りが少ない峠道で一際目を引く佇まいに引きこまれるように門を潜った
10歩ほど先に瓦屋根の母屋、右手に倉が目に入る
“周りには建物ひとつない中にどうしてこんな家屋があるのだろう?
買い物はどうしてるのかな?
いつ建てられたのだろう?
以前は周りにもっとお家があったのかな?”
そうこう頭を巡らせながら年季の入った戸がはずれないように出来るだけ真横に動かするよにひいた。
戸が軋む音が耳に響く。
暗い。本当に営業しているのだろうか。
土間特有の土の匂いが鼻をついた。
“すいません”こえを出すも、吹き抜けの漆喰壁と土が音を飲み込む
あきらめて店を出ようとした時に、奥から猫背で割烹着をきた男性が現れた。60歳はゆうに過ぎていそうだ。
不気味だな、、、
“どうしましたか?”
“すいません、、こちらでご飯はいただけますか?”
“…はい。いま灯りをつけるのでお待ちください”
左手のお座敷に案内された。
四人がけの角テーブルが4宅ある。
先程の男性がサッサと音を刻みながらあらわれた。どうやら一人で回しているようだ。
最初に目に入った鴨蕎麦を注文した。
30分が経過
ワンオペなら仕方ないか、、、
消費期限切れの食材だけはやめてほしいな、あのおじさんに家族はいるのかな?、食べていけてるのかな、、、と悲観的な思考に遊んでいると左奥からザッザッという音が聞こえてきた。座敷の壁に挟まれて目視は出来なかったが、したをむきながら歩いていることが足音からわかった。お盆を慎重に運んでいるのだろう。
“はい鴨蕎麦ね”
漆塗りのお盆に、漆塗りの器だった。
“ありがとうございます”
今ならなんでも美味しいだろう。
そう自分に言い聞かせながら一口すすった、、
思わず声を出して驚いた。
お世辞ぬきに今まで食べたお蕎麦の中で間違いなく3 本の指にはいる美味しさだったからだ。高級焼肉をたべた時のように、スープを口に注いだ瞬間に唾液が溢れ出してきた。
あっという間に食べ終わり
御会計をお願いした。
“ものすごくおいしかったです!”
“はい、、どうも”
終始目は合わせてくれなかった
お昼時だったが滞在していた1時間ほどで人の気配は一切しなかったし、入店した時も人がいた形跡はなかった。
感動と、驚きと、少しの恐怖が入り混じった実に不思議なおもいだった。
あの店主はどんな人生を送ってきたのだろう。この家と、あのおじさんにはひょっとすると想像を超える物語が隠れているのかもしれないな。また来てみたいな。
そんなおもいがまったなしに湧いてきた。
石畳を歩いて入り口の暖簾に肘を通した。
すると右手にシルバーの綺麗に磨かれた高級車の顔が覗いていた。きた時には死角で目に入らなかったようだ。
この店にはあの店主しかいないはず、、、ということはそういうことなのだろう。
気になる事があとを経たなかったが、このお店は記憶には長く残りそうだ。
不思議な思いが残りながらアクセルをふかした。”生活の心配はしなくてよさそうだな!笑” そんな独り言をつぶやきながら、運転席の窓をおもいっきりあけた。田舎の心地よい空気が右の頬をなでた。
野田隆一郎
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